名前
結成
停止
ジャンル
国籍
1979
アシッドジャズ
eg
西ドイツのディスコミュージックグループ。ボニーM「Rasputin」(邦題「怪僧ラスプーチン」)に触発され、楽曲「Dschinghis Khan」(ジンギスカン)を制作。1979年にデビューし西ドイツ国内だけで売上50万枚・4週間連続1位を記録。ディスコブーム到来で世界的に大ヒットした。
1979
1985
ディスコ
de
アメリカのフュージョン・バンド。最初期の顔ぶれは、マイク・マイニエリ(ヴィブラフォン)、マイケル・ブレッカー(テナー・サックス)、スティーヴ・ガッド(ドラムズ)、エディ・ゴメス(ベース)、ドン・グロルニック(ピアノ)。
1979
フュージョン
us
1979
1984
ロカビリー
us
アメリカのヘヴィメタル・バンド。
ドン・ドッケン (Vo)が結成し、1980年代にLAメタルの代表格として
ジョージ・リンチ らのギターヒーローを輩出した。1993年より再始動。
1979
1988
メタル
us
ジョン・マクラフリン、トニー・ウィリアムス、ジャコ・パストリアスによるスーパートリオ。1979年3月2–4日にキューバで行われたハバナ・ジャムに出演するため結成された。同年3月8日、ニューヨークで再集結しライブで演奏した曲を録音したが、ジャコとトニーの間で論争が起こりトリオは解散した。
1979
1979
フュージョン
us
1979
ロック
eg
アメリカン・ロックバンド。
ヒューイ・ルイス によって結成され、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)の主題歌「The Power Of Love」が全米1位を獲得。ヒューイも映画に脇役(オーディションの審査員)としてカメオ出演した。
グラミー受賞 1回・ノミネート 6回(2024年時点)
1979
ロック
us
ドイツ出身のギタリスト、マイケル・シェンカー(元UFO・元スコーピオンズ)が結成したハードロックバンド。
1979
ロック
eg
イングランドのロック・バンド。「ネオ・プログレッシブ・ロック」の代表格として長きにわたり活動している。
1979
プログレ
eg
スウェーデン出身のハードロック・バンド。1986年「The Final Countdown」が世界的大ヒット。北欧メタルの始祖。
1979
1992
ロック
se
カナダのロックバンド。1982年、2ndアルバム『ゲット・ラッキー』全米7位。2年以上チャートに留まり米国で400万枚以上を売り上げた。
1979
ロック
ca
イングランドのブギウギバンド。アレクシス・コーナー、チャーリー・ワッツ(ローリング・ストーンズ)ジャック・ブルース(クリーム)らが結成したスーパーグループ。バンド名はピート・ジョンソン「Rocket 88 Boogie」(1948) に由来。1981年、ローリング・ストーンズ・モバイル・スタジオで録音したライブアルバム『Rocket 88』をリリースした。
1979
1984?
ブギウギ
eg
イングランドのロックバンド。1978年、ロバート・スミス、マイケル・デンプシー、ローレンス・トルハーストがスリーピースバンドを結成。ロバートはスージー・アンド・ザ・バンシーズの全英ツアーのサポートギタリストとしてステージに上がった。幾度のメンバー変更を経て2012年に5人体制となった。2019年ロックの殿堂入り。
1978
ロック
eg
アメリカのハードロックバンド。LAメタルムーヴメントの中から頭角を現し、1980年代後半から1990年代初めにかけてヒットを連発。2003年、ライブ中ギタリストを含む100名の死者を出す火災に見舞われ、しばらくブランクが続いたが2007年に復帰した。
1978
ロック
us
フランスの世界的フラメンコ・ギター・バンド。メンバーは兄弟・親戚関係にあるスペイン系ロマの一家。1987年に発表した「Bamboléo」(バンボレオ)と「Djobi Djoba」(ジョビ・ジョバ)が世界でヒットし、1980年代以降のワールドミュージックを担った。日本では「Inspiration」が時代劇『鬼平犯科帳』エンディングテーマに起用された。
グラミー受賞1回・ノミネート8回(2024年時点)
1978
ワールド
fr
アメリカのロックバンド。スージー・クアトロやブロンディを手掛けたマイク・チャップマンをプロデューサーに迎え、デビュー・アルバム『Get the Knack』(1979) が6週連続全米1位、シングル「My Sharona」5週連続全米1位、年間チャート1位を記録し世界的大ヒット。2010年、リードボーカル・ギターのダグ・フィーガーが他界し活動停止となった。
1978
2010
ロック
us
アメリカのブルース・R&B・ソウルのリバイバル・バンド。コメディアンのベルーシとダン・エイクロイドを中心に結成され、1stアルバム『Briefcase Full Of Blues』が全米1位・グラミー賞3部門ノミネート。1980年、映画『ブルース・ブラザース』が世界で大ヒット。1982年、ベルーシ急死後はしばらく活動停止したが、1988年に「オリジナル・ブルース・ブラザーズ・バンド」として再開した。
1978
1982
ブルース
us
アメリカの前衛ジャズバンド。ジョン・ルーリー(サックス)、弟エヴァン(ピアノ)、アート・リンゼイ(ギター)、スティーヴ・ピッコロ(ベース)、アントン・フィアー(パーカッション)で結成。さまざまなジャンルを取り込み、ニューヨークを拠点とする多くの一流ミュージシャンがメンバーとなった。
1978
1998
前衛
us
イングランドの実験音楽グループ。スティーヴン・ステープルトンらによって結成され、インダストリアル、ノイズ、ダーク アンビエント、ドローンなどを融合したサウントで知られている。
1978
実験音楽
eg
西ドイツの女性3人組ディスコミュージック・ユニット。当時ヨーロッパから世界に向けて大ヒットを連発していた
ABBA や
ボニーM 、
バカラ に触発され、プロデューサーの
ウォルフガング・メーヴェス (Wolfgang Mewes) によって結成。「Hello Mr. Monkey」(1977) はドイツやヨーロッパではチャートインしなかったものの、日本と韓国をはじめとするアジアやソ連・南米で大ヒット。2006年、オリジナル・メンバーのミカエラ・ローズにより「Arabesque original Michaela Rose」として再活動した。
1977
1984
ディスコ
de
アメリカ合衆国のダンスミュージック・グループ。1977年、ヴィクター・ウィリスによって結成され「Y.M.C.A.」などの大ヒット作を数々と生み出した。さまざまなアーティストに楽曲がカバーされ、ペット・ショップ・ボーイズ「Go West」、ピンク・レディー「In The Navy」、西城秀樹「Young Man (Y.M.C.A.)」などが有名。メンバーチェンジを行いながら世界各国でライブ活動を続けている。
1977
ディスコ
アメリカのファンク・バンド。ロジャー、レスター、ラリー、テリーのトラウトマン兄弟によって結成。幼馴染の
ブーツィー・コリンズ の紹介で
ジョージ・クリントン に見出され、
Pファンク の前座に抜擢され、1980年にメジャーデビューした。トーク・ボックスを自在に操るロジャーの独特のヴォーカルは、さまざまなミュージシャンに影響を与えた。1999年に解散、2003年に再結成した。
1977
1999
ファンク
us
アメリカのハードロックバンド。1982年『ロッキー3』主題歌「Eye of the Tiger」が世界的ヒットしグラミー受賞。
1977
ロック
us
アメリカの世界的フュージョン・ハンド。20枚以上のアルバムをリリースし、世界売上1,000万枚以上。日本でも「Morning Dance」(1979) が有名。
1977
フュージョン
us
イングランドのハードロックバンド。アルバム『炎のターゲット』『ヒステリア』全米1,000万枚の大ヒット。アルバム売上1億枚以上。
1977
ロック
eg
イングランドのニューウェイヴユニット。トレヴァー・ホーン (B) ジェフ・ダウンズ (Key) ブルース・ウーリー (G) よって結成。1979年、デビュー曲「Video Killed The Radio Star」(邦題「ラジオ・スターの悲劇」)が世界で大ヒット。
1977
1982
ニューウェイヴ
eg
イングランドの世界的ロックバンド。スティング(ヴォーカル・ベース)、スチュワート・コープランド(ドラム)、アンディ・サマーズ(ギター)によって結成。レゲエ、パンク、ジャズに影響を受けたサウンドで世界的グループとなった。
グラミー受賞5回・ノミネート8回
代表曲
1979年「Roxanne」全米32位・全英12位
1979年「Message In A Bottle」全米74位・全英1位
1979年「Walking On The Moon」全英1位
1980年「Don't Stand So Close To Me」全米1位・全英10位
1980年「De Do Do Do, De Da Da Da」全米10位・全英5位
1981年「Every Little Thing She Does Is Magic」全米3位・全英1位
1983年「Every Breath You」全米1位・全英1位
アルバム
1978年 1st『Outlandos d'Amour』全米23位・全英6位
1979年 2nd『Reggatta de Blanc』全米25位・全英1位
1979年 3rd『Zenyatta Mondatta』全米5位・全英1位
1981年 4th『Ghost in the Machine』全米2位・全英1位
1983年 5th『Synchronicity』全米1位・全英1位
1977
1986
ロック
eg
イングランドのプログレッシブロック・バンド。実力派プレイヤーによって結成。頻繁にメンバーチェンジし、2枚のスタジオ・アルバムを残して解散。その後、「エイジア」と「ミッシング・パーソンズ」が結成された。2011年から2015年まで再結成した。
結成メンバー
ジョン・ウェットン(ボーカル・ベース/元キング・クリムゾン)
ビル・ブルーフォード(ドラム/元キング・クリムゾン)
エディ・ジョブソン(キーボード・ヴァイオリン/元ロキシー・ミュージック)
アラン・ホールズワース(ギター/元ソフト・マシーン)
1977
1980
プログレ
eg
イングランドの実験的なポストパンク・バンド。1993年より再始動した。
1977
1984
ポストパンク
eg
イングランドの実験的なロック・バンド。フィル・マンザネラ (G) ブライアン・イーノ (Key/G/Vo) ビル・マコーミック (B/Vo) フランシス・モンクマン (P) サイモン・フィリップス (Dr) ロイド・ワトソン (G/Vo) によって結成。1枚のスタジオアルバム『Listen Now』(1977)と4枚のライブ・アルバムをリリースした。
1976
1977
ロック
eg
フランスのプログレッシブロック・バンド。元「ソフト・マシーン」のデヴィッド・アレンを主宰に結成。サイケデリック・ロックを原点に様々なスタイルに変化し、多くの派生グループが誕生した。
1976
1988
プログレ
fr
アメリカのロックバンド。1976年にオールマン・ブラザーズ・バンド解散し、元メンバーでピアニストの
チャック・リーヴェル によって結成。5枚のスタジオ・アルバムをリリースし解散。リーヴェルはエリック・クラプトンやローリング・ストーンズなどのレコーディングとツアーに参加し、引っ張りだこのセッションミュージシャンとなった。
1976
1981
ロック
us
イングランドのロックバンド。1976年に
スージー・スー を中心として結成。1970–1980年代イギリスの重要バンドのひとつで、ザ・キュアー、ザ・スミス、ソニック・ユース、ジェフ・バックリィ、レディオヘッド、PJ ハーヴェイ、マッシヴ・アタックらに影響を与えた。サウンドは活動時期によって多様で、ポストパンクから始まり、中期にはサイケデリック色を強め、後期にはスージー・スーのヴォーカルがより重視されるようになった。人気ギタリストの
ジョン・マッギオーク が1982年まで在籍した。
1976
1996
ロック
eg
イングランドのパンクロックバンド。メインメンバーが全員女性で、スージー&ザ・バンシーズ、レインコーツ、X-レイ・スペックスともにパンクロックムーヴメントへ女性進出をもたらした。
1976
1981
パンク
eg
イングランドのロックバンド。マーク・ノップラーらによって結成され、1970年から1990年に掛けて世界的人気を博した。
1976
1988
ロック
eg
イングランドのヘヴィメタル・バンド。
NWOBHM (イギリスで勃発した音楽ムーブメント)から登場したバンドで商業的な成功を収められず1985年に解散したが、メタリカやメガデスらに影響を与えていたことで再評価が高まり、1991年に再結成した。
1976
1985
メタル
eg
イングランドのパンクロックバンド。日本ではセックス・ピストルズ、ザ・クラッシュと並んで「三大ロンドンパンクバンド」のひとつ。
1976
パンク
eg
アメリカのパンクロックバンド。「ニューヨークのセックス・ピストルズ」とも言われカルト的な人気を誇った。解散と再結成を繰り返したが、1990年にヴォーカルのスティーヴ・ベイターズが交通事故で他界した。
1976
1980
パンク
us
アメリカのロックバンド。ボズ・スキャッグスのバンドメンバーだったデヴィッド・ペイチ、ジェフ・ポーカロ、スティーヴ・ルカサーらによって結成。4thアルバム『TOTO IV』(1982) 全米4位・全英4位・世界売上1200万枚以上。グラミー賞6部門を受賞した。
グラミー受賞3回・ノミネート5回(2024年時点)
1976
ロック
us
アメリカのロックバンド。1970年代後半に始まった「スタジアム・ロック」と呼ばれる産業ロックで大成功を収めた。アルバムセールス8000万枚以上。
1976
ロック
us
アメリカのR&Bバンド。4thアルバム『Yellow Moon』(1989) 収録曲「Healing Chant」がグラミー賞「ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・パフォーマンス部門」受賞。
グラミー受賞1回・ノミネート3回(2024年時点)
1976
2012
R&B
us
アメリカのロックバンド。「スタジアム・ロック」の代表的グループのひとつ。デビューからミリオンセラーを連発し世界売上7,500万枚以上。
1976
ロック
us
ユーゼブはカナダのフュージョンバンド。2016年に再結成した。
1976
1992
フュージョン
ca
アイルランドの世界的ロックバンド。世界売上1億7,000万枚以上。1976年、
ボノ (Vo)
ジ・エッジ (G)
アダム・クレイトン (B)
ラリー・マレン・ジュニア (Dr) によってダブリンで結成。1980年、
アイランド・レコード と契約。1897年、5thアルバム『The Joshua Tree』が世界各国で首位を記録した。デビューから活動休止とメンバー変更がない稀有なバンド。グラミー受賞22回・ノミネート46回(2024年時点)は世界の音楽グループで最多。
1976
ロック
ie
アメリカのソウルグループ。
ロイ・エアーズ のプロデュースにより結成され、1977年に1stアルバム『Come Into Knowledge』をリリースした(当サイト名は収録曲「Daylight」に由来)。「RAMP」は「Roy Ayers Music Production」の略。
メンバー
Sharon Matthews (Vo)
Sibel Thrasher (Vo)
Landy Shores (G)
Nate White (B)
John Manuel (Dr)
1976
Soul
us
イングランドのポップグループ。1970年代後半から1980年代前半にかけて、「Lay Your Love on Me」(1978) 全英3位 、「Some Girls」 (1979) 全英2位(ともにプロデュース:ミッキー・モスト/作詞:マイク・チャップマン&ニッキー・チン)などのヒット曲で成功を収めた。「Kitty」(1979) はトニー・バジルによって「Mickey」(1981) にリメイクされ全米1位・全英2位を獲得。
1976
eg
イングランドの世界的ヘヴィメタル・バンド。スティーヴ・ハリス (B) を中心に結成。1980年に1stシングル「Running Free」、1stアルバム『 Iron Maiden 』をリリースしデビューした。
グラミー受賞 1回・ノミネート4 回(2024年時点)
メタル
eg
イングランドの音楽ユニット。アビイ・ロード・スタジオでビートルズやピンク・フロイドなどの作品を手掛けたエンジニアのアラン・パーソンズと、セッション・ミュージシャンのエリック・ウールフソンが結成。1977年、アメリカのアリスタ・レコードと契約。英国よりも北米やアメリカ、ヨーロッパで人気を博した。
代表曲
1977年「I Wouldn't Want to Be Like You」全米36位
1980年「Games People Play」全米16位
1981年「Time」全米15位
1982年「Sirius」北米の多くの大学やプロのスポーツイベントの定番曲
1982年「Eye In The Sky」全米3位
1984年「Don't Answer Me」全米20位
1975
1990
ロック
eg
アメリカのジャズ・トリオ。ジョン・アバークロンビー (G)、デイヴ・ホランド (B)、ジャック・ディジョネット (Dr)。2012年にパフォーマンスを行うため一時的に再結成した。
1975
ジャズ
us
ジャマイカのレゲエ・デュオ。1975年、
スライ・ダンバー と
ロビー・シェイクスピア (B) によって結成。ピーター・トッシュ、ボブ・ディラン 22thアルバム『Infidels』(1983) 、グレイス・ジョーンズ、ハービー・ハンコック、ジョー・コッカー、セルジュ・ゲンズブール、ローリング・ストーンズ、スティング、カルロス・サンタナらのレコーディングに参加した。
グラミー受賞 1回・ノミネート 12回(2024年時点)
1975td>
レゲエ
jm
アメリカのファンクバンド。オハイオ・プレイヤーズ、ザップ、レイクサイドらと「オハイオ・ファンク」の代表するバンドのひとつ。スティーブ・ワシントン、マーク・アダムス、スティーヴ・アリングトンらを中心に結成。
1975
1996
ファンク
us
1975
1981
電子音楽
eg
イングランドのジャズロック/フュージョン・バンド。ジョン・グッドソール(ギター)、パーシー・ジョーンズ(ベース)、ロビン・ラムリー(キーボード)、ジャック・ランカスター(ウッドウィンド)、ジェネシスのフィル・コリンズらで結成。解散と再結成を繰り返し、2016年に再始動した。
1975
1980
フュージョン
eg
イングランドのロックバンド。レミー・キルミスター (1945–2015) を中心に結成し、HR/HMが確立する過渡期においてスラッシュ/ハードコアに大きな影響を与えた。売上1500万枚以上。
1975
2015
メタル
eg
ローリング・ストーンズのミック・ジャガーとキース・リチャーズによるプロデュースデュオ。
1974
ロック
eg
ハワイのフュージョン・バンド。ポーリン・ウィルソン(ヴォーカル)、ジェリー・ヘイ、キム・ハッチクロフト、ラリー・ウィリアムズらによって結成。ハーヴィー・メイソンに見出され、1976年にCTIレコードより『Seawind』アルバム・デビュー。
1974
1982
us
アメリカのロックバンド。ジェファーソン・エアプレイン解散後、ジェファーソン・スターシップに改名。更にスターシップに分離した。
1974
1984
ロック
us
イングランドのニューウェイヴバンド。1974年、デヴィッド・シルヴィアン、ミック・カーン、リチャード・バルビエリ、スティーヴ・ジャンセンによって結成。1978年、1stアルバム『Adolescent Sex』リリース。1979年、
ジョルジオ・モロダー と共作した「(Life In Tokyo」からシンセポップ路線へ移行。荒削りなロックサウンドから次第に耽美的な音像を強めていった。
1974
1982
ニューウェイヴ
eg
アメリカのロックバンド。メンバーは、2016年3月時点で3700回以上のライブを行い、アルバムセールス2.000万枚以上。2016年ロックの殿堂入り。
1974
ロック
us
1974
1991
ロック
us
アメリカのロックバンド。デボラ・ハリーが在籍し、1970年代末から隆盛した「ニュー・ウェイヴ」の代表的グループ。1982年に解散、1997年に再結成。アルバムセールス4000万枚以上。2006年、ロックの殿堂入り。
グラミー賞ノミネート 2回(2024年時点)
1974 1997
1982
ロック
us
ドイツ出身のディスコバンド。デビュー曲「Daddy Cool」(1976) ドイツ1位・全英6位、「Rasputin」(1978・邦題「怪僧ラスプーチン」)ドイツ1位・全英2位など、世界各国で大ヒットを飛ばした。ベストアルバム『The Magic of Boney M.』(2006) はミリオンヒットを記録。奇才
フランク・ファリアン がプロデュースとヴォーカルを担当した。
1974
1986
ディスコ
de
アメリカのパンクロックバンド。ニューヨーク・パンクの重要バンドのひとつで、後のパンク・ムーブメントに大きな影響を及ぼした。
U2 の
ボノ は1977年、コンサートで観た
ジョーイ・ラモーン を通して自分の声を見つけたという。2002年ロックの殿堂入り。ローリング・ストーン誌「偉大な100組のアーティスト」26位。
1974
1996
パンク
us
アメリカのロックバンド。1987年「ラ・バンバ」
全米1位 。メンバーはメキシコ系アメリカ人で、ロックにメキシコ音楽の要素を取り混ぜたサウンドが特徴。
グラミー受賞 4回・ノミネート 12回(2024年時点)
1974
ロック
us
ブラジルの著名なフュージョン・バンド。1973年、ホセ・ホベルト・ベルトラミ (Key) アレックス・マリェイロス (B) イヴァン・コンチ (Dr) によってリオデジャネイロで結成。日本ではNHK-FM『クロスオーバーイレブン』のテーマ曲「Fly Over The Horizon」が有名。
1973
フュージョン
br
「エーシー・ディーシー」はオーストラリア出身の歴史的ロックバンド。
1973年 スコットランド人のアンガス・ヤング (G) マルコム・ヤング (G) ラリー・ヴァン・クリート (B) デイヴ・エヴァンス (Vo) コリン・バージェス (Dr) によってシドニーで結成。メンバー構成は不安定で頻繁に入れ替わった。
1974年 2代目ヴォーカリスト ボン・スコット (Vo) 加入。
1974年 フィル・ラッド (Dr) 加入。
1975年 1stアルバム『High Voltage』豪州14位 Pd: ハリー・ヴァンダ ジョージ・ヤング
1975年 2ndアルバム『T.N.T.』豪州2位 Pd: ハリー・ヴァンダ ジョージ・ヤング
1976年 アトランティック・レコード とレコード契約。
1976年 メジャーデビューアルバム『High Voltage』 1stアルバム『High Voltage』と2ndアルバム『T.N.T.』からトラック収録。
1976年 レインボー、キッス、エアロスミス、スティクス、ブルー・オイスター・カルトらの前座としてイギリス、ヨーロッパをツアー。
1976年 3rdアルバム『Dirty Deeds Done Dirt Cheap』全米3位 (1981) Pd: ハリー・ヴァンダ ジョージ・ヤング
1977年 4thアルバム『Let There Be Rock』全米154位・豪州19位 Pd: ハリー・ヴァンダ ジョージ・ヤング
1977年 クリフ・ウィリアムズ (B) 加入。
1977年 アメリカで初ライヴ。
1978年 5thアルバム『Powerage』全米133位・全英26位・豪州22位 Pd: ハリー・ヴァンダ ジョージ・ヤング
1979年 6thアルバム『Highway To Hell』全米17位・全英8位・豪州13位 Pd: マット・ラング
1980年 2月19日 ボン・スコット (Vo) が33歳で他界。
1980年 3代目ヴォーカリスト ブライアン・ジョンソン (Vo) 加入。グラムロック・バンド「ジョーディー」 の元メンバーで、オーディションでは「Whole Lotta Rosie」とアイク&ティナ・ターナー 「Nutbush City Limits」を歌った。
1980年 7thアルバム『Back In Black』全米4位・全英1位 ・豪州1位 Pd: マット・ラング 売上5,300万枚以上(マイケル・ジャクソン『Thriller』に次いで音楽史上2番目に売れたアルバム)
1981年 8thアルバム『For Those About to Rock We Salute You』全米1位 ・豪州3位 Pd: マット・ラング
1983年 サイモン・ライト (Dr) 加入。
1983年 9thアルバム『Flick Of The Switch』全米15位・全英4位・豪州3位 Pd: AC/DC
1985年 10thアルバム『Fly On The Wall』全米32位・全英7位・豪州4位 Pd: アンガス・ヤング マルコム・ヤング
1988年 11thアルバム『Blow Up Your Video』全米12位・全英2位・豪州2位 Pd: ハリー・ヴァンダ ジョージ・ヤング
198年 クリス・スレイド (Dr) 加入。
1990年 12thアルバム『The Razors Edge』全米2位・全英4位・豪州3位 Pd: ブルース・フェアバーン
1994年 フィル・ラッド (Dr) 復帰。
1995年 13thアルバム『Ballbreaker』全米4位・全英6位・豪州1位 Pd: リック・ルービン マイク・フレイザー
2000年 14thアルバム『Stiff Upper Lip』全米7位・全英3位・豪州3位 Pd: ジョージ・ヤング
2008年 15thアルバム『Black Ice』全米1位・全英1位・豪州1位 Pd: ブレンダン・オブライエン
2014年 マルコム・ヤング (G) 脱退。
2014年 スティーヴィー・ヤング (G) 加入。
2014年 16thアルバム『Rock Or Bust』全米3位・全英3位・豪州1位 Pd: ブレンダン・オブライエン
2016年 ブライアン・ジョンソン (Vo) 聴力障害が悪化し降板。アクセル・ローズ が代役を務めた。
2020年 ブライアン・ジョンソン (Vo) 復帰。
2020年 17thアルバム『Power Up』全米1位・全英1位・豪州1位・世界21ヵ国で1位 Pd: ブレンダン・オブライエン
2003年 ロックの殿堂入り
記録
グラミー受賞 1回・ノミネート 10回(2024年時点)
全アルバムがマルチミリオンセラー(売上200万枚以上)達成。
7thアルバム『Back In Black』全米4位・全英1位・豪州1位 売上5,300万枚以上(マイケル・ジャクソン『Thriller』に次いで音楽史上2番目に売れたアルバム)
世界売上2億4,000万枚以上(1970年代結成のロックバンドで最多)
全米売上7,500万枚以上(ロックバンドではアメリカ音楽史上5位)
トリビア
ロゴは巨匠レタリング・アーティストのジェラルド・ウエルタ (Gerard Huerta) によるデザイン。
バンド名はミシンに書かれていた「AC/DC」(AC = Alternating Current = 交流 DC = Direct Current = 直流)に由来。
音楽プロデューサーのリック・ルービン は、ローリング・ストーン誌選定「歴史上最も偉大な100組」に寄せたエッセイでAC/DCを「史上最高のロックンロールバンド」と明言した。
1973
ロック
au
アメリカのプログレッシブ・ロックバンド。1970年代のアメリカン・プログレ・ハードから誕生したグループのひとつ。伝統的な流れを汲む王道のアメリカン・プログレから1980年代にポップ化路線に移行。1990年代以降は往年のスタイルに回帰した。
グラミー賞ノミネート 1回(2024年時点)
1973
ロック
us
アメリカのハードロック・バンド。アメリカンハードロック草創期から活動する世界的グループ。早くからロック界にフェイスペイントを取り入れ、世界観をギミックしたメディア・フランチャイズ(マーチャンダイズ)を展開するなど、版権ビジネスモデルの先駆けになった。2014年、ロックの殿堂入り。
グラミー賞ノミネート 1回(2024年時点)
1973
ロック
us
ジョン・マクラフリンがマハヴィシュヌ・オーケストラ解散後に結成したジャズとインド音楽のフュージョン・バンド。2020年に再結成し46年ぶりにアルバムをリリースした。
グラミー受賞 1回・ノミネート 1回(2024年時点)
1973
フュージョン
eg
アメリカの世界的ロックバンド。元サンタナのメンバーによって結成され、1980年代にTOTO、スティクス、ボストンらと人気を博した。
グラミー賞ノミネート1 回(2024年時点)
1973
ロック
us
アメリカのアフロ・ファンク・ジャズ・バンド。プランキー・ブランチによって結成され、1973年にアルバムをリリース。「Juju」「Oneness Of Juju」「Plunky & Oneness Of Juju」とバンド名を変更した。
1973
1981
ファンク
us
アメリカのニュー・ウェイヴのバンド。1973年、美術学部の学生だったマーク・マザーズボウとジェラルド・キャセールが意気投合し結成。日本ではクラフトワークとともにテクノ・ポップの成立を語る上で欠かせないバンドで、ニルヴァーナ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンらがカバー。バンド名は「De-Evolution」の略で、「人間は進化した生き物ではなく、退化した生き物だ」という意味。 1991年に解散し、1996年に再始動した。
グラミー賞ノミネート 1回(2024年時点)
1973
1991年
ロック
us
カナダのロック・バンド。元
ゲス・フー の
ランディ・バッハマン を中心に結成。1970年代に全世界で3000万枚のアルバムを売り上げ、6曲が「全米TOP 40」を記録した。
1973
1979
ロック
ca
イングランドのロックバンド。ポール・ロジャース、サイモン・カーク(ともに元フリー)、ミック・ラルフス(元モット・ザ・フープル)、ボズ・バレル(元キング・クリムゾン)によって結成。本国以上に北米で高い人気を誇る。
1973
ロック
eg
イングランドのアンビエント・ミュージック・デュオ。
ロバート・フリップ (
キング・クリムゾン)と
ブライアン・イーノ (元
ロキシー・ミュージック )とによって構成され、4枚のスタジオ・アルバムをリリース。ローリング・ストーン誌「史上最高のデュオ20組」2015年17位。
1973 No Pussyfooting
1975 Evening Star
2004 The Equatorial Stars
2007 Beyond Even (1992–2006)
2011 May 28, 1975 Olympia Paris, France
1973
1979
アンビエント
eg
ジャズ、ファンク、ロックを融合させたアメリカのバンド。ハービー・ハンコックの12thアルバム『Head Hunters』(1973) 録音後、バックメンバーのベニー・モウピン(サックス)、ポール・ジャクソン(ベース)、ビル・サマーズ(パーカッション)で結成。ハーヴィー・メイソン(ドラム)はメンバーではないが、ゲストとして参加している。同アルバムでハービーはビルボードのジャズ・チャートで初1位、全米20位以内に初チャートインし100万枚以上を売り上げた。
1973
フュージョン
us
イングランドのジャズ・ロック・バンド。ギタリストのゲイリー・ボイルらが結成。
1972
1977
ロック
eg
スウェーデンの世界的ポップ・グループ。1976年「Dancing Queen」世界13か国で1位を獲得。世界売上1億4000万枚以上。
グラミー賞ノミネート 5回
1972
1982
ポップ
se
アメリカの世界的ハードロックバンド。ギタリストのエドワード・ヴァン・ヘイレンはその後のロックミュージックに多大な影響を与えた。アルバムセールス8000万枚以上。1992年、グラミー賞受賞。2007年、ロックの殿堂入り。ウォール・ストリート・ジャーナル雑誌「史上最も人気のある100のロックバンド」17位。
グラミー受賞 1回・ノミネート 3回(2024年時点)
1972
2020
ロック
us
イングランドのロック・バンド。ブリットポップ・ムーヴメントにも大きな影響を与えた。セックス・ピストルズを擁するヴァージン・レコードより
ジョン・レッキー のプロデュースでデビュー・アルバム『White Music』をリリースした。
1972
2006
ロック
eg
アメリカのロックバンド。「Mr. Roboto」(1983) が日本でもヒットした。
1972
1984
ロック
us
スコットランドのフォークロックバンド。ジェリー・ラファティーとジョー・イーガンが結成。1992年、クエンティン・タランティーノ監督『レザボア・ドッグス』で「Stuck In The Middle With You」が使用された。
1972
ロック
sc
アメリカのロックバンド。
ゲイリー・カッツ に見出された
ドナルド・フェイゲン と
ウォルター・ベッカー によるデュオ。世界売上4000万枚以上。ベッカー他界以降はフェイゲンのソロユニットとして継続している。バンド名は、ウィリアム・バロウズの小説『裸のランチ』に登場する男性器の張型「Steely Dan III from Yokohama」に由来。
グラミー受賞3回・ノミネート9回
1972年 1stアルバム『Can't Buy A Thrill』
1980年 7thアルバム『Gaucho』リリース後、活動休止。キース・ジャレットは「Gaucho」が自作「Long As You Know You're Living Yours」に酷似していると訴えた。スティーリー・ダンはそれを認め「Gaucho」にキース・ジャレットがクレジットがされた。
2000年 8thアルバム『Two Against Nature』全米6位・グラミー賞4部門受賞
2001年 ロックの殿堂入り
2017年 ウォルター・ベッカー他界
1972
ロック
us
イングランドのハードロックバンド。ジェフ・ベック、バニラ・ファッジのティム・ボガートとカーマイン・アピスが結成した「最強のロック・トリオ」。2ndアルバム完成前に自然消滅した。
1972
1974
ロック
eg
マイゼル兄弟 ★ Larry Mizell & Fonce Mizell
フォンス・マイゼルとラリー・マイゼルのマイゼル兄弟によるアメリカの音楽制作チーム。1970–1980年代に掛けてクロスオーバージャズ、R&B、ディスコのレコードを数多く制作した。
1972
1981
us
1972
1974
ロック
us
アメリカのロック・バンド。トータルセールスは2億枚以上。グラミー受賞6回・ノミネート18回(2024年時点)。1971年、リンダ・ロンシュタットのバックバンドとして集まったグレン・フライ、ドン・ヘンリー、ランディ・マイズナー、バーニー・レドンによってロサンゼルスで結成。メンバーチェンジと解散・再結成を繰り返しながら活動している。
グラミー受賞6回・ノミネート18回(2024年時点)
代表曲
1972年「Take It Easy」全米12位
1974年「Best of My Love」全米1位
1975年「One of These Nights」全米1位
1976年「New Kid In Town」全米1位
1976年「Hotel California」全米1位
1979年「Heartache Tonight」全米1位
1971
1980
ロック
us
ウイングス ★ Paul McCartney And Wings
イングランドのロックバンド。ポール・マッカートニーと妻リンダ、元ムーディー・ブルースのデニー・レインで結成。
グラミー受賞2回・ノミネート4回(2024年時点)
1971
1981
ロツク
eg
イングランドのプログレッシブ・ロックバンド。叙情派のサウンドで知られ1970年代のプログレ五大バンド(クリムゾン、ピンク・フロイド、イエス、ジェネシス、エマーソン・レイク・アンド・パーマー)に次ぐ一角。
1971
ロック
eg
イングランドの歴史的ロックバンド。売上2億5000万–3億枚で「世界で最も売れたアーティスト」の1組。1971年、フレディ・マーキュリー(ヴォーカル)、ブライアン・メイ(ギター)、ロジャー・テイラー(ドラム)、ジョン・ディーコン(ベース)により結成。1991年にフレディが他界し、1997年頃にジョン・ディーコンが引退。クイーン+ポール・ロジャース (2004–2009) を経て、2011年より「クイーン + アダム・ランバート」名義で活動している。
グラミー賞ノミネート4回(2024年時点)
1971
ロック
eg
イングランドのロックバンド。1970年代初頭からパブロックシーンを牽引し、後のパンク・ロックムーブメントの火付け役となった。
1971
ロック
eg
西ドイツの
クラウトロック ・バンド。機械的な8つ打ちのバスドラムを大胆に用い、デヴィッド・ボウイ、セックス・ピストルズ、パンクやニュー・ウェイヴのミュージシャンたちに大きな影響を与えた。
1971
1975
電子音楽
de
ラテン・ジャズ・ピアニストのエディ・パルミエリ、兄チャーリー、バーナード・パーディ、ジェリー・ジェモット、コーネル・デュプリーらによるプロジェクト。1971年、唯一のスタジオ・アルバム『Harlem River Drive』をリリース。
1971 ?
1971 ?
ラテン
us
イングランドの世界的ロックバンド。1972年、
ロバート・フリップ に紹介されたEGレコードと契約し、キング・クリムゾンの
ピート・シンフィールド のプロデュースにより1stアルバム『Roxy Music』リリース。ローリング・ストーン誌「歴代最高のデビューアルバム100』」2022年62位にランクインした。解散と再結成を繰り返している。
メンバー
1971
1976
ロック
eg
ジョン・マクラフリンらがNYで結成。ジャズ、ロック、インド音楽を融合しヴァイオリンもリードとして取り入れ異彩を放った。ジョージ・マーティンを迎えた4thアルバム『黙示録』に触発されたジェフ・ベックは『Blow By Blow』を録音。解散後、
シャクティ 結成。
1971
1976
フュージョン
us
イングランドのロックバンド。南アフリカ出身の鍵盤奏者マンフレッド・マンがマンフレッド・マン・バンド(1962–1969)、マンフレッド・マン・チャプター・スリー(1969–1970)を経て結成。
1971
1987
ロック
eg
1970
ロック
イングランドのフォークロックバンド。ジェリー・ベックリー、デューイ・バネル、ダン・ピークによりロンドンで結成。1971年、アルバム『America』でデビューし、1972年「A Horse With No Name」(名前のない馬)が全米1位を獲得、第15回グラミー賞の最優秀新人賞を受賞。「クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング」と比較されることが多かった。3人とも父親はロンドンに駐留するアメリカの軍人であり、アメリカンスクールでの仲間だった。
1970
ロック
eg
アメリカのロックバンド。プログレッシブロックを主体としていたが、ソフトな都会的サウンドを取り入れてAORのファンに支持された。「Biggest Part of Me」(1980) 全米3位。1989年に再結成した。
1970
1982
ロック
us
アメリカの世界的ハードロックバンド。セールス1億5,000万枚以上。日本では1970年代後半から
クイーン 、
キッス とともに「3大バンド」として人気を博し、海外アーティスト初の4大ドームツアーを敢行した。
グラミー受賞4回・ノミネート14回(2024年時点)
1970年 エアロスミス結成 ジョー・ペリー (G) トム・ハミルトン (B) ジョーイ・クレイマー (Dr) レイモンド・タバーノ (G)
1971年 レイモンド・タバーノ (G) 脱退
1971年 ブラッド・ウィットフォード (G) 加入
1972年 デイヴィッド・クレブス とスティーブ・レーバー とマネージメント契約
1972年 コロムビア・レコード社長クライヴ・デイヴィス と契約
1973年 1stアルバム『Aerosmith』全米21位 Pd: オールマン・ブラザーズ・バンドの1stアルバムを手掛けたエイドリアン・ハーバー (1938–2020)
1974年 2ndアルバム『Get Your Wings』全米74位 Pd: ジャック・ダグラス 、レイ・コルコード
1975年 3rdアルバム『Toys In The Attic』全米11位 「Sweet Emotion」全米36位 Pd: ジャック・ダグラス
1976年 全米ツアー開始。マディソン・スクエア・ガーデンでライブ。
1976年 4thアルバム『Rocks』全米3位 Pd: ジャック・ダグラス、エアロスミス
1977年 初来日公演。前座 BOWWOW
1977年 「Walk This Way」全米10位
1977年 5thアルバム『Draw The Line』全米11位 Pd: ジャック・ダグラス、エアロスミス
1978年 ロック・フェスティバル「カリフォルニア・ジャム2」 でヘッドライナー
1979年 ジョー・ペリー (G) 脱退
1979年 6thアルバム『Night In The Ruts』全米14位 Pd:ゲイリー・ライオンズ、エアロスミス
1979年 ジョー・ペリー「The Joe Perry Project」 始動
1981年 ブラッド・ウィットフォード (G) 脱退
1982年 リック・デュファイ (G) 加入
1982年 7thアルバム『Rock In A Hard Place』全米32位 Pd: ジャック・ダグラス、スティーヴン・タイラー、トニー・ボンジョヴィ
1984年 ジョー・ペリー (G)、ブラッド・ウィットフォード (G) 再加入
1984年 ゲフィン・レコードに移籍
1985年 8thアルバム『Done with Mirrors』全米32位 Pd: テッド・テンプルマン
1986年 Run-D.M.C.「Walk This Way」全米4位 スティーヴンとジョーがレコーディングとミュージック・ビデオ に参加。
1987年 9thアルバム『Permanent Vacation』全米11位 Pd: ブルース・フェアバーン
1989年 10thアルバム『Pump 』全米5位・世界売上1,100万枚 Pd: ブルース・フェアバーン
1990年 「Janie's Got A Gun」グラミー賞「ベスト・ロック・パフォーマンス」受賞
1993年 11thアルバム『Get A Grip』全米1位 ・世界売上1,600万枚以上 Pd: ブルース・フェアバーン
1997年 コロムビア・レコードに移籍
1997年 12thアルバム『Nine Lives』全米1位 Pd: ケヴィン・シャーリー 、エアロスミス
1998年 「I Don't Want to Miss a Thing」4週連続全米1位 リブ・タイラー出演映画『アルマゲドン』テーマ曲
2001年 13thアルバム『Just Push Play』全米2位 Pd: スティーヴン・タイラー、ジョー・ペリー、マーク・ハドソン、マルティ・フレデリクセン イラスト: 空山基
2004年 14thアルバム『Honkin' On Bobo』全米5位 Pd: スティーヴン・タイラー、ジョー・ペリー、マーク・ハドソン、マルティ・フレデリクセン
2012年 15thアルバム『Music from Another Dimension!』全米5位 Pd: スティーヴン・タイラー、ジョー・ペリー、マーク・ハドソン、マルティ・フレデリクセン
1970
ロック
us
イングランドのプログレッシブロックバンド。天才キース・エマーソンが結成したスーパーグループ。
1970
1980
プログレ
eg
ドイツの電子音楽グループ。「エレクトロニック・ダンス・ミュージックのビートルズ」とも評されテクノポップを開拓。
グラミー受賞 1回・ノミネート 3回(2024年時点)
1970
電子音楽
de
チック・コリア、デイブ・ホランド、アンソニー・ブラクストン、バリー・アルトシェルで結成された前衛ジャズバンド。
1971年『Circle 1: Live in Germany Concert』CBS/Sony Japan
1971年『Circle 2: Gathering (CBS/Sony Japan』ECM
1971年『Paris-Concert』ECM
1975年『Circling In』Blue Note
1978年『Circulus』Blue Note
1970
1971
us
イングランドの女性コーラストリオ(Karen Friedman, Dari Lalou, Casey Synge)。ルー・リード「ワイルド・サイドを歩け」(1972)、モット・ザ・フープル「Roll Away The Stone」(1974)などに参加。
▶ 1970年1月の写真
1970
1977
eg
1970
?
ロック
イングランドのロックバンド。デヴィッド・ボウイのバックバンドとして有名。
1970
1976
ロック
eg
アメリカのロックバンド。アメリカの夫婦デュオ「デラニー&ボニー」の英国ツアーで共演したエリック・クラプトン (G) ボビー・ウィットロック (Vo/Key) カール・レイドル (B) ジム・ゴードン (Dr) により結成。解散後、名曲「Layla」(邦題「いとしのレイラ」)がヒットした。
1970
1971
ロック
us
アメリカのロックバンド。売上3,000万枚以上。
マイケル・マクドナルド と
ジェフ・バクスター は元
スティーリー・ダン 。
グラミー受賞 2回・ノミネート 4回(2024年時点)
1970年 トム・ジョンストン(G,Vo)、ジョン・ハートマン(Ds)、パトリック・シモンズ(G,Vo)、デイヴ・ショグレン(B) により結成。
1971年 1stアルバム『The Doobie Brothers』 プロデュース:テッド・テンプルマン
1972年 「Listen to The Music」全米11位
1973年 「Long Train Runnin'」全米8位 初の全米トップ10
1974年 「Black Water」全米1位
1975年 トム・ジョンストン脱退。
1975年 マイケル・マクドナルド加入。ファンキーなギターロックからソウルフルなAORに転換。
1978年 8thアルバム『Minute by Minute』全米1位・グラミー賞「最優秀アルバム」受賞。「What a Fool Believes」全米1位・グラミー賞「年間最優秀楽曲賞」「年間最優秀レコード賞」受賞。
1982年 矢沢永吉『YAZAWA』 (1981) 世界発売。ドゥービー・ブラザーズをバックバンドに従え日本公演。
1982年 メンバーのソロ活動が活発化し解散。
1987年 再結成。
1970
1982
ロック
us
アメリカのファンクバンド。リードシンガーのチャカ・カーンを擁した。アイク・ターナーの目に留まり、1973年にアルバムをリリース。
1970
1983
us